ル・アーブルの見所
印象派の故郷と言われるフランスノルマンディー地方最大の港であるル・アーブルは、美しい景色や宗教建築が楽しめる寄港地です。第二次世界大戦時にノルマンディー上陸作戦の舞台となったこの地は、戦後再建された街並みが2005年に世界遺産に登録されました。
6/17(日)8:00、ル・アーブルに入港したオーシャンドリーム号。私達はフランスの地に降り立った。フランスといえばパリの凱旋門やエッフェル塔、そしてモンサンミッシェルなどが多くの人に知られているが、実は凱旋門とモンサンミッシェルはルアーブルから見て左右真逆の位置にあり、パリから仮にモンサンミッシェルに行く場合片道最低でも8時間は掛かると言われている。私が降り立ったル・アーブルからでも片道3時間程掛かる長距離移動となるのだ。若者の中では強行スケジュールでパリに向かった者もいる。パリまではモンサンミッシェルより時間が掛かり片道3時間半以上の道のりとなる。
今回はオプショナルツアーに申し込んでおり、
Jコース:歩行少なめモンサンミッシェル観光:33,000円
バスで快適に移動する。キャンセル待ちをしていたツアーがあったのだが、残念ながら空席がでなかったので、「歩行少なめ」となってしまったのだ。双方の大きな違いは修道院の中を観光するかしないかでレストランは同じなので年配の方が多めのツアーとなっているのだ。私は23歳なので、修道院も観光したかったが、個人で行くとなると不便な位置にあるので、予め日本で申し込んだのだが、実際乗船してみて分かったのは、船内で仲良くなった友人とレンタカー若しくはタクシーをチャーターするのがベストだと身を持って感じました。
実際に利用した友人に聞いたところ大型タクシーを1日チャーターした場合15,000円ということで、8人で割り勘し一人2000円という破格な値段で行く事が出来たときき腰を抜かしました。
車窓から見たノルマンディー橋。
ここで少し雑学を交えたいと思います。
ノルマンディー橋はセーヌ右岸、北側のル・アーブルと左岸、南側のオンフルールの2地点を結んでおり、長さは2143.21m。その内、856mが中央区間である。ノルマンディー橋の建設はル・アーブルの商工会議所が主導し、1988年に始まり7年の歳月を要し1995年1月20日開通した。開通したときは1993年に開通した602mの上海の楊浦大橋の中央区間を254m上回り世界最長記録を打ち立てたが、その後この記録は1999年に広島県にある多々羅大橋が34m差で破られてしまった。
橋桁は幅が23.6mで4車線の車道と2車線の自転車道、2本の歩道が通っている。橋桁は二つの部分からなっており、橋のメインスパンの中央部分は金属製で長さ624mで、セーヌ川から約59.12mの地点にある。最高地点は32枚の長さ19.65m、厚さ3mの桁板を溶接して設置されています。
ルアーブルからモンサンミッセルまでは高速道路A13とA84を経由して向かう。地図上では2時間27分、距離は222kmですが、本ツアーでは途中A84高速道路に入る手前でサービスエリアで休憩をとるので、3時間10分程掛かった。
ゆとりのある座席。今回は1人参加なので2席を独占する事が出来ました。
このバスは定員55人乗りのバスでツアー客が乗車したのは30名、夫婦や友人と参加した方の多くも移動中は広々とした空間が好きなようで、一人で座っている老夫婦が何組もいた。
1時間30分程走った所でサービスエリアに立寄りました。
トイレは有料で50セント、しかし50セントを支払うとサービスエリア内で利用できる50セント割引券が貰える仕組みとなっている。私はコカ・コーラ2.5€と、お土産用のクッキーを8€分購入し、50セントの割引券を使って10€のお支払いをした。
A13から「モンサンミッセル」という標識を横目に高速道路A84に入ると風車が点々と見えてきた。A13では見えない光景だ。
恐らくA84は海に近い部分を走行しているのだろう。今日は風が殆どないせいか風車は止まってるように思えたが、その点写真が撮りやすく何枚かカメラに収める事が出来たのがありがたい。
予定通りの12時に到着した。
RELAIS SAINT MICHEL HOTELでの昼食。
中に入ると既に大勢の日本人客が食事をしていた。店内にいる客の殆どが日本人だった。
よく見るとJTBの最上級ブランドLOOK JTBツアー参加客であった。
モンサンミッセルを訪れたら外せない名物料理がある。それは「オムレツ」だ。
モンサンミッシェルのオムレツは、1888年創業の宿屋「ラ・メール・プーラー(La Mère Poulard)」から始まったと言い伝えがあります。当時は現代のように交通手段も発達しておらず、巡礼者達にとって、パリ、そして国内外からモンサンミッシェルへの巡礼をすることは容易では無かった。それに加えモンサンミッシェルが孤島に建設されている為、潮の満ち引きなどにより海に流されてしまい命を落としたという記録も残っている。
巡礼ブームの中、当時「ラ・メール・プーラー」で勤務していたプーラーおばさんは、疲れきった巡礼者の疲れを癒そうと、簡単ですぐに料理する事ができるオムレツを提供する事を考案したそうだ。そのオムレツで当時の巡礼者は腹ごしらえし、旅の疲れを癒したといわれており後に、有名なモンサンミッシェルのオムレツの始まりとなったそうだ。
だが実際食べてみると味はとても質素で、オムレツにナイフを入れるとクリーミーでフワフワなボリュームがあるように見せるオムレツがシュンと萎んでしまう。果たしてこんなオムレツで巡礼者の空腹を満たす事ができるのか、疑問が残るが、当時の時代背景を考慮すると、経済性のある食事だなと、時代を感じさせる食事となった。
正直このチキンと鶏肉のオーブン焼きが一番美味しかったかな。
日本人好みの塩味がベースだったので、同じ席に座っていた年配の方も口を揃えて「食べやすかった、美味しかった」と頷いていた。
締めのアップルパイ。
これは文句なしの出来栄えであった。
ケーキの生地も、もっちりサクサクで湿った感じ受けなかったので、作ってからあまり時間が経っていなかったのだろう。
ホームページによると、午前7時半から午前0時までノンストップで運行しているという。
モンサンミッシェルまでは歩くことも可能で。昼食会場となったホテルから2.3kmの距離があるので約30~45分程掛かります。シャトルバスだとホテルの駐車場辺りからは約10~15分で到着します。また馬車でも有料ではあるのですがモンサンミッセルに向かう事ができるので、時間があって風情を楽しみたい方にはおすすめしたい。
モンサンミッセルに到着。
昼食を食べている時には雨が強く降っていたのですが、さっきの雨が嘘のように止み、青空が広がってきた。
修道院の店が軒を並べているエリアのみ観光。修道院の中は時間の関係上観光ができないのが残念だ。私達には僅か30分のショッピングの時間が与えられた。
ノルマンディー地方の世界遺産「モン・サン=ミッシェル」・・・・。
今から150年程時代は遡るが1888年、ノルマンディーを訪れる巡t礼者の為にアネット・プラール氏、別名プラールおばさんが開業した宿屋から、「1888:クッキー」のブランドの歴史は始まったという。おばさんは巡礼者の為に数々の素晴らしいレシピを生み、著名な女性料理人「ラ・メール・プラール」の名で呼ばれるようになりました。150年経った現在でもラ・メール・プラールのレストランは、世界中で人気にの的になっており、やはり伝統を受け継いだオムレツは名物となっているのだ。
バスの写真を撮っていたら、私の写真を撮ってよと言われたので、
「パシャリ」と撮影。この写真を運転手にプレゼントしたいが、アンドロイドだしデジカメはWi-Fiさえあれば飛ばせるがもう集合時間だし、あげたい気持ちを抑えながらバスに乗車した。
往路と同じように復路も3時間掛けてルアーブルに戻る。
モンサンミッセル観光時は雲がちぎれ、青空が見えた程だったが、バスを降りると小雨がぱらついていた。帰船リミットまで数時間あったので夕飯でも食べに行こうと思っていたが、ルアーブルの港周辺は殺風景で何もない。あるのはコンテナと閑散とした工場のみ。市内に行けばレストランがあるのだが今日は日曜日ともあって定休日の店が多いという。
近くの人にオススメのレストランはありますか?と質問してみたら
オーシャンドリーム号の9Fのレストランが今、空いているよ
と笑顔で勧められたので
9Fリドで牛丼を食べる事にした。
部屋に戻ると既に1名テレビを観てくつろいでいた。聞くとお腹が丁度空いていたようなので、一緒に食べに行く事にしました。
相方もオプショナルツアーでモンサンミッセルを訪れており、同じように一人で観光したようだ。一人といってもモンサンミッセルでは顔なじみの方が多かったので、すれ違いざまに世間話をしたりしたので、寂しくはなかった。
19:30ぐらいになったので4Fレストランでハシゴする事に。
アジの開きの天ぷらを食べたのだが、昼食が足らなかったのかいつも以上にお腹がすいている。
夜の23時を回った頃に浪へいで夜食を食べた。
築地寿司5貫と味噌汁付き=880円×15%のサービス料を払い食べました。
今日のネタはエンガワ、サーモン、タイ、マグロ、つぶ貝の5種で、日替わりでネタが変わるので楽しみのひとつになっていた。
変わると言っても、〆鯖、イカ、タコなどの数種類が変わるぐらいで期待しすぎるとがっかりしてしまうので、ここにて紹介。
しかし味は日本の回転寿司、スシローやかっぱ寿司で提供されるネタよりは断然うまいので一度は食べる価値があると思う。
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⇒2018年4月30日に入社1年目を迎えた23歳男性が、居酒屋によく貼られてあるポスター、ピースボート世界一周クルーズに参加する事を決意し、退職。2017年8月には退職する意思を伝え日々社会人生活を送ってきた。
社会人になって思ったことは毎日が同じルーティーン。
起床から始まり朝食⇒身支度⇒出勤⇒昼食⇒勤務⇒退社⇒風呂⇒夕飯⇒寝る。
幸い筆者は通勤ラッシュの時間からズレていた為、通勤の疲労はそこまで感じていなかったが、果たしてこれが人間らしい生活なのかと疑問を感じるようになった。
そんなある日「こんな時間に地球征服するなんて」という番組でれいなさんが豪華客船に乗り込みレポートする、「豪華客船アース」に魅了・・・・
世界一パリが似合わない男の黄昏日記を読んで頂き誠にありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。
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